
実に5ヶ月以上も放置されたブログの寂しさ、それは察するに余りあるところです。などと他人事のように語る私ですが、この間だらりだらりと緩く過ごしていたという訳では決してなく、むしろ従来以上に研究、教育、執筆、趣味などに邁進していたのであって、その結果としてブログ更新に振り分けるエナジーが不足していた、と、このようにご理解いただきたく思います。
そして。今回の更新では、とても大きなお知らせを記すことができます。それは、『現代語訳 墨夷応接録』の発売!魂を削って、訳出、翻刻を行った一書、遂にお披露目できて幸甚です。
1. 新刊『現代語訳 墨夷応接録』(作品社)は9月25日発売です
森田健司編訳・校註・解説『現代語訳 墨夷応接録――江戸幕府とペリー艦隊の開国交渉』
いわゆる「黒船来航」に関心をお持ちの方は、『墨夷応接録(ぼくいおうせつろく)』という史料名をご存じのことでしょう。そう、初の日米交渉における「日本側の議事録」です。『ペリー提督日本遠征記』と並び、「黒船来航」の実態を知るための基本史料と認知されていながら、一度も単独で出版されず、同時代語訳も行われなかった、あの文書です。
私はこの史料の存在を知ってから、ずっと現代語訳が必要だと思い続けてきました。その間、「近々、現代語訳が出るそうだよ」という噂話を何度も聞きましたが、5年経っても、10年経っても、それは実現せず。この状況に、私は憤りを感じていました。なぜ、これほどまでに重要な文書が、一般の人々から遠ざけられているのか、と。『ペリー提督日本遠征記』が広く親しまれていながら、それと対になる『墨夷応接録』が全く陽の目を見ない状況は、明らかに異常だからです。
7年ほど前に『墨夷応接録』の美しい写本を入手して以来、その思いは更に強くなりました。一昨年、『明治維新という幻想』に『墨夷応接録』のことを書いた際は、その存在を知らなかった方々から感想が届いたり、新聞から取材を受けたりもしました。
その頃になって、「いつか誰かが現代語訳を出してくれるだろう」という思いが、自分の怠慢からきていると知りました。もし必要と自覚しているならば、自分がやればよい。それが、最も理に適った答えだからです。そこで訳出作業を始めましたが、もちろんそんなに簡単には進みませんでした。一体どれぐらいの時間をかけたかわかりませんが、毎日毎日、ひたすらパソコンに向かったことを憶えています。いや、その前に、写本の翻刻の段階で、本が一冊書けるぐらいの時間が経過したと思います。何度か挫けそうになったものの、この史料の面白さ自体が、次に進む力をくれました。
『墨夷応接録』に記録された、応接掛の人々、特に林復斎の姿は、現代人から見ると「驚異的に真摯」なものです。この仕事に、全てをかけていたことがよくわかります。それは、ペリーとの開国交渉が、今後の日本という国の行方を左右するものであると、彼が十分に理解していたからです。結果として、日米和親条約も、その細則を定めた下田追加条約も、アメリカ側の意図したものとは大きく異なるものとなりました。特に、下田追加条約は、ほぼ完全に日本側の要求通りとなり、ペリーは怒りに満ちた書翰を日本側応接掛に送って、失意のまま帰国しました。
この辺りの実態は、『ペリー提督日本遠征記』からでは読み取れません。『墨夷応接録』を読まなければ、全く理解できないものです。それは、『墨夷応接録』が日本側に有利な内容を「盛った」からではないことに注意する必要があります。例えば下田追加条約の内容が、なぜあのような条文になったかは、『ペリー提督日本遠征記』からは、全く理解できないのです。特に「箱館の遊歩区域」に関する規定については、それが強くいえます。下田、箱館の遊歩区域は、ペリー側が日本の交易拒絶を渋々認めた後、最も重要な議題となりました。このうち、箱館の遊歩区域については、日本側応接掛の「ある作戦」によって、わずか五里となったのです。ちなみに、ペリーは「最低でも七里」と主張していました。
『墨夷応接録』は、遊歩区域の交渉以外にも、興味深い内容が盛りだくさんです。「黒船来航」の実態を知る上で必要不可欠なのは当然ですが、それ以上に、「読んで面白い文書」だと断言したいと思います。これほど読み物として優れている史料も、稀でしょう。現代語訳箇所は、できるだけわかりやすく、読み易いものとなるように、最善を尽くしました。原文も収録していますので、拙訳と見比べて検討することも可能です。
・・・と、少し書くつもりでも、次々に思いが溢れてくる一冊です。「編訳・校註・解説」を担当した同書、是非お手に取っていただきたいと思います。
2. 『中日新聞』(2018年4月22日)にコメントが掲載されています
「家康尊崇 維新後も続く」という記事の中に、「庶民の多様な歴史発掘を」というタイトルで、私の短いコメントが載っています。
3. NHK『ラジオ深夜便(2018年7月号)』に放送内容の要約記事が掲載されています
「江戸瓦版に見る幕末ジャーナル」というタイトルで、今年3月に同名番組でお話しした内容が掲載されています。8ページで、瓦版の画像もいっぱい掲載されていて楽しい記事です。とか言いつつ、告知が遅すぎたため、もう入手が難しいかも知れませんね(すみません)。
4. 週刊『世界と日本』(第2129号)に寄稿しました
タイトルは「明治維新150年 真摯な検証作業で歴史を正せ」です。ちょっと語調強めのタイトルが付いてますが、内容は「近代化のスタートは幕末」という、実に穏健なものです。
5. 「徳川みらい学会in会津」で対談形式の講演を行いました
徳川みらい学会in会津(於:会津若松ワシントンホテル)
演題:「戊辰150周年〜会津藩が果たしたもの」(原田伊織先生との対談形式)
2018年7月27日(金)
大変楽しい一日でした。翌日、台風のために、めちゃくちゃ朝早くに会津から離れざれるをえなくなり、その点のみ残念でした。会津若松、また行きたいと思っています。
6. 『幕末維新の真実』(廣済堂ベストムック)に寄稿しました
戊辰戦争に関する風刺錦絵について書いています。これまで、私が他書で取り上げた絵との重複はありません。
7. 『維新再考 「官軍」の虚と「賊軍」の義』(福島民友新聞社)に連載記事収録されています
現時点では本を入手できていないのですが、以前、福島民友新聞さんに載せていただいたインタビュー記事が収録されているようです。しかし、あれほどクオリティの高い連載記事「維新再考」がまとまって読めるわけですから、これはお得ですね。早く欲しい!皆様にも全力でお勧めします。
森田健司